やがて今も忘れ去られる

徒然なるままに雑記ブログ

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置いていったもの(2)

中学3年で同じクラスになった猫ちゃん。

彼女も、また不登校だった。

 

aoisakana5.hatenadiary.jp

 

猫ちゃんは、菅ちゃんという親友もいて

小学校からの仲間もいた。

カラダが弱いって、本人もまわりの人たちも

言っていたから、そうなんだと思った。

 

学校が休みの日は、3人で池袋で、よく遊んだ。

 

猫ちゃんは、ずっと不登校だったけど

三学期を全部出席することを条件に卒業した。

 

私たちは、高校へ進学したけど

猫ちゃんは進学はせず

コンビニでバイトすることになった。

フルタイムで週6くらい働いていたと思う。

 

私は、高校が遠かったから

いつも、バイト先に学校帰りに寄っていた。

 

猫ちゃんのお母さんから

制服で猫ちゃんに会わないでほしいと言われた。

猫ちゃんが高校へ行けなかったことを

考えてしまうからって。

 

その時は、猫ちゃんのお母さんが猫ちゃんを

思って言った言葉だと理解したから

とにかく、制服で会いに行くのはやめようと思った。

 

学校へ行くより、外で働く方がカラダ的には

しんどくなかったのかな?

学校も就職も経験した私は思う。

 

それほどまでに、学校へ行きたくなかった理由は

なんだったんだろう?

 

学校へ行きたくなかったのか?

学校へ行けなかったのか?さえも

わからないけど。

 

あの時代の学校を振り返る。

 

校則に厳しかった。

体育教師以外も竹刀を片手に持っていた。

 

毎回、毎回、校則チェックがあって

前髪の長さ、スカートの長さをチェックされた。

髪色も注意された。

天パや色素がもともと薄い子たちは、いつも決まって

別の場所で怒られた。黒に染めろと言われていた。

いい加減、生まれつきだって覚えられないのか?

毎回、同じ子たちじゃんか。

軍隊のようだ。

みんなが同じ行進をし、みんながみんな

同じことが美しいとされた。

個性なんて認められない時代。

 

勉強ができる子に合わせて授業は

どんどん進む。

 

勉強ができない子は、置いていかれる。

同じように、不登校の子も置いていかれた。

 

そんな時代だった。

不登校も、勉強ができない子も

まるで空気のようにいなかったように扱われた。

 

だから

今、現在、不登校や登校拒否が増えたと勘違いする人が

多いんだと思う。

いたんだよ。

見えてないだけで。

 

今、現在、そんなことが長年繰り返されて

よしとしない社会になったんだよ。

 

保健室登校スクールカウンセラー

または、不登校の子たちが通える学校とか

指定の学校以外にも居場所があるって社会に。

 

軍隊のようだった母校は、数年で変わった。

竹刀を振り回していた、あんなにコワかった教師たちが

新しい学校から来たという教師たちから

すべてを廃止された。

 

あの暴力という権力を、暴力ではない何かで抑えた。

 

私たちは、卒業していたから内部のことは

詳しくは、わからない。

ただ、下に弟や妹がいる子たちから聞いた時は

本当に驚いた。

 

永遠に続くと思っていたあの制度にピリオドが

打たれた。

 

私が、卒業した10年後

母校は、障害のある子も受け入れていた。

聴覚に障害のある子がいて

みんな、その子と話したくて手話を勉強してた。

手話の授業もあると言っていた。

 

もしも・・・

今のような学校だったら?

みんながみんな同じじゃない。

個性も認められる学校だったら

猫ちゃんも、通えた?

 

でも、まだ、不登校の意味を

私は、知らなかったんだよ。

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